2008年12月23日

昔は醤油が凍りました

yuki22.jpg<あっという間に年の瀬ですね。
1年の終わりはいつも慌しいのですが、今年は、軽井沢にも不況の波が押し寄せ、2年前くらいまでの年末と比べれば、お客様も少なく、静かな感じが致します。
ただ、相変わらす、しばらく軽井沢にお部屋を借りてから、良い土地別荘との出会いを待ちたいというお客様の数は減る事がなく、コンスタントにお問い合わせをいただいております。
この寒い時期にだからこそ軽井沢に来て、実際住めるかどうか、雪の状況はどんな感じか、暖房対策は、などなど定住した場合のシュミレーションをするには、良いようで、この時期にお越しになるお客様には、「定住・移住の本気モード」を感じます。
古くから住む地元のおばあちゃんなどにお話を聞くと、昔の軽井沢はもっと寒くて、「お嫁に来たばかりの時は、台所にある醤油が凍ってしまい、寒さに仰天した」と話しておられました。醤油って凍るのか!?と驚きましたが。。。。
今は建物の断熱もよくなりオリーブオイルが凝固して白く固まってしまうことはありますが、寒さで醤油が凍ることはさすがにありません。
昔の人は火鉢とだるまストーブだけで、冬の寒さを凌いだというのですから、強靭な強さを感じます。私なんぞはそれに比べれば軟弱で、嫁の仕事が務まらない!と追い出されてしまいそうです。
また気温に合わせて夜じゅう水道の水を細く出しておかないと、翌朝水が凍って朝ごはんの仕度ができなくなることもあり、寒さとの戦いつまりは自然の顔色を見ながら、水は大丈夫かなと日々格闘していた訳です。
不便ですが、厳しい自然の中で暮らすということは、ただ美しい、とか、さわやかだ、というだけでなく、自然の持つ、怖さ厳しさをよく知り、上手に付き合っていくことなのでしょう。不便であることは自由であり、自由すぎて満たされたものはかえって不自由なのです。厳しさの中から創意工夫をすることで解決を見出し、解決したところにはその人にしかない代えがたい喜びが与えられるわけです。
醤油が凍った時代のおばあちゃん達の話を聞きながら、今の私たちは、本当は不自由な世界を自らつくりだしているのだなぁと思い、反省しきりでした。
私の住んでいるアパートも寒い夜は寝ている間に水が凍るので、寝る前は、不凍詮を閉めて蛇口をあけて水を抜き、休みます。
その作業が終わったあとに娘がトイレに行きたいとか何とかが始まるとまた起きて水出しをし、終わるとまた水抜きをします。
これをうっかり忘れると、翌朝ご飯の支度もできないのですが、今日は冷えるな外の様子と天気予報を見ながら調整するのがなかなか面白い感じが致します。(これはウチのアパートが古いせいで、最近の建物はこんな事はしなくても大丈夫です)
年中あたたかい、南国リゾートとは違い、軽井沢はある意味で、そんな不便をあえて実感したいというもの好きでないと、また気概のあるキャラクターの方でないと夏だけの別荘なら兎も角、定住移住は難しいかもしれません。
ボタンひとつで、全てが与えられる毎日にどっぷりつかった私たちに、この寒さと自然は、人間の生きる本能をほんの少し、呼び覚ましてくれるのではないでしょうか。
夏は暑い、冬は寒い。だからこそ水緩む春が嬉しい。。。。こんな当たり前を与えてくれる事に感謝。
posted by 森のメッセンジャー at 18:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 森の便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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